みなさまは、オルゴールと聞いたら、どんなものを想像しますか?ジュエリーボックスを開くとか細い音で鳴る、あれですか?それとも、小さな取っ手をクルクル回したら鳴る、あれですか?いえいえ、実はあれらは、かつて長い長い隆盛の歴史を誇った真のオルゴールが、退化した姿。
本当のオルゴールは、1830年代~1920年代にかけて、人類が唯一所有していた音楽の記録と再生のための装置でした。ちょうど現代の人々がテレビやラジオを楽しむように、当時の人々はオルゴールで音楽を楽しんでいたのです。
といっても、現在のシンプルなオルゴールを想像すると、それに人々が群がって音楽を楽しんでいたとはちょっと考えにくいですよね。もちろん、当時の人々がその音色を楽しんだオルゴールは、現在一般的に出回っているようなものとは全然違うものです。
シリンダーにはめ込んだピンで櫛歯を弾いて音を出すだけでなく、オルガンやパイプオルガン、アコーディオン、ピアノ、ヴァイオリンなど、さまざまな楽器を自動的に演奏するという技術力が詰め込まれた、いわば自動演奏装置です。
↓1900年のパリ万博のために作られたフランスのリモネール製の大型自動演奏オルガン
「音楽を記録して、いつでも再生できたなら……」という人類の夢
大昔、王侯貴族はお気に入りの楽士をお抱えにして、いつでも音楽を楽しむことができました。しかし、一般の人々はそういうわけには行きません。一般人が音楽を楽しむ機会は、お祭りや音楽会など、生演奏を聞く数少ない限られた機会のみ。「音楽を記録して、それをいつでもどこでも聴けたなら、どんなに良いだろう」それは、当時の人々の長年の夢でもありました。
オルゴールはそんな時代に人々の夢を叶えるべく生まれた装置なのです。
オルゴールが生まれるに至った最初のヒントは、協会や寺院の鐘だったそうです。まず、時間が来ると自動的に鐘が打ち鳴らされる技術が考案され、次にそれを応用して、音の異なる鐘をハンマーで自動的に鳴らす――つまり、演奏するということに成功しました。1381年、ベルギーのブリュッセルの聖ニコラス・カークの塔につけられた鐘が最初のものだといわれています。
16世紀初頭、腕時計の発明者であるという説のあるピーター・ヘンラインによってゼンマイが発明されると、時計の技術がグッと進歩します。このとき、時計にチャイムやベルを組み込んで時報を告げるという技術が一般に広まっていきました。その後、少しずつオルゴールの原型となる技術が進んでいき、1776年には、スイスの時計職人アンティド・ジャンピエが音楽入りの懐中時計を製作したという記録が残っています。シリンダーに植えつけたピンで櫛歯を弾いて演奏するというシステムを確立させたのは、スイスのアントニオ・ファーブルでした。1796年のことです。
初期のオルゴールは、時計製作の技術と共に生まれ発展してきましたが、1830年代になると急速に時計製作技術とは枝分かれして、本格的に自動演奏装置として発展していくことになります。
「オルゴール」は日本語だって、ご存知ですか?
日本にオルゴール、いわゆる自動演奏装置が入ってきたのは江戸時代末期のことでした。オランダ人が持ち込んだといわれています。手廻しのオルガンのハンドルをぐるぐる回すと、箱の中から音楽が聞こえてきた事に、当時の日本人は大層驚いたそうです。そして、「これはなんだ?」とオランダ人に尋ねたところ、彼らは「オルゲル」だと答えました。ORGELはオランダ語のオルガンという意味です。これがその後日本で訛って伝わり、オルゴールとなったのです。つまり、「オルゴール」は日本語だったんですね。ちなみに、西欧ではオルゴールは「音楽の箱」、Music Boxやmusical Boxと呼ばれています。
なお、「日本オルゴール協会」では、オルゴールの定義を
オルゴールとは手動または自動的に音楽を演奏する機械で、櫛歯に似た特殊鋼製の発音体(鳴金または振動板)を回転胴(ドラム)に植えつけられているピンで弾き、自動的にメロディを奏でるものとしています。しかし、前述の通り、オルゴールは元々は櫛歯をシリンダーに植えつけたピンで弾いて演奏するだけの装置ではなく、自動演奏装置として発展してきたものでした。
このように示しております。
華麗なるシリンダーオルゴールの発展
時計用の技術として始まった自動演奏技術は、時を経て純粋に人々が音楽を楽しむためのものへと変遷していきます。いかにして曲を再現するか、いかにたくさんの曲を収録するか、いかに演奏時間を延ばしていくか。当時の職人達は試行錯誤を繰り返しました。シリンダーオルゴールは、発生から成熟するまで、実に100年の月日が費やされたのです。
オーヴァチュア・オルゴール
1815年~1830年代にかけて、スイスでは多くのオルゴールメーカーが誕生しました。これらのメーカーが、製作したオルゴールに当時人気だったオペラの序曲(オーヴァチュア)部分を採り入れていたことから、この種のオルゴールはオーヴァチュア・ボックスと呼称されるようになりました。
↓オーヴァチュア・ボックス "ウィリアム・テル・序曲"
ピアノ・フォルテ・ボックス
1840年頃にスイスのニコール・フレール社によって考案されたオルゴールです。ふたつの異なる性質の櫛歯が使われていて、片方の大きな櫛歯は力強い音、もう片方は薄く研磨された櫛歯でソフトな音でピアニッシモの部分を演奏するようにできています。演奏に強弱がつき、ふたつの櫛歯が美しいハーモニーを奏でました。シリンダーオルゴール時代初期において最も優れた表現方法だと言われています。
↓ピアノ・フォルテ・ボックス”天は御神の栄光を語り”
ドラム・ベル付きボックス
調律したベルで澄んだ高音を出し、ドラムを付けてリズム感を表現しようとしたオルゴール。最初はベルやドラムを隠した造りだったそうですが、ハンマーがベルやドラムを自動的に叩く様子が視覚的にも楽しいからと、途中から台版の上にそれらを取り付けるようになり、最終的にはからくり人形にハンマーを持たせたり、美しい蝶の形に装飾したものなどもあるそうです。
↓ベル・ドラム付シリンダー ”スコットランドの釣鐘草”
オーケストラル・ボックス
1870年以降に登場した、ベル、ドラム、カスタネット、トライアングルなどの打楽器の他に、オルガン・リードを付けたオルゴール。稀にオルガン・リードではなくフルート・パイプを採用したものもあるようです。
↓ペイラード オーケストラルBOX ”バラのワルツ” オルゴールの小さな博物館
マンドリン・ボックス
2~8枚の同じ調律をした櫛歯を並べることで、同じ音が何度も高速で演奏されるマンドリン効果を出したオルゴールです。更にきらびやかで美しい演奏となっていきます。
↓ウルマン マンドリン・チター "乙女の祈り”他
サブライム・ハーモニー
同じ調律をした櫛歯を並列にセットすることで、ハーモニーや連続音、トレモロ効果を出したオルゴール。1870年ごろからシリンダーオルゴールの高級機に採用されるようになった技術で、後にディスク・オルゴールの時代へと継承されていくことになります。
↓ラングドルフ サブライム・ハーモニー コンサート・ピッコロ "タンホイザー序曲”
ディスク・オルゴールの登場
1870年代~1880年代は、シリンダーオルゴールが最盛の時代でした。技術的にもほぼ頂点に達していて、これ以上改良の余地がないほどのものになっていたそうです。しかし、それでも一曲当たりのコストは大変高価なものでした。音楽を愛好する人々は、もっと安価で楽しめるオルゴールを待ち望んでいました。そこで登場したのがディスク・オルゴールです。ディスクなら、一台の再生機があれば中身の曲(ディスク)を取り替えることができるので、たくさんの曲を安価に楽しむ事ができます。しかも技術的にも改良が加えられ、表現が一層豊かになったディスク・オルゴールは、世界中で人気となり、ドイツ産業の花形となりました。やがて営業用の大型のものだけでなく、小型の一般家庭用の機種も登場し、オルゴールは広く普及していったのです。
オルゴール時代の終焉
隆盛を誇ったオルゴール時代の終焉は、実は1877年に始まっていました。かのエジソンが蓄音機を発明したのです。蓄音機とオルゴールは音楽再生機器として互いに鎬を削りましたが、1910年代になると、すっかり勝負が付いてしまい、オルゴールの中で最も美しい音色を持つといわれる最高峰の「ステラ」でさえ、蓄音機の敵ではなくなってしまいました。
時代の流れや技術の進歩というのは、時に残酷なものです。それまでは人々の生活の中に当たり前にあったものが、新たな技術の登場で急速に世間から消えていってしまう……。しかし、なんだかんだで今も当時のオルゴールがいろいろな場所で大切に保管されていたり、愛好家がいたり、流行の曲をわざわざオルゴールの音色で販売したりするのは、やはりオルゴールの底力というか、実力のなせる技なのかもしれませんね。
↓ステラ No.168 ”フィガロの結婚&ボッカッチョ”